ブログを始めて、まだ1ヶ月も経っていません。
記事数もまだ多くはないですし、
アクセスもほとんどありません。
正直、今のところ読者は自分だけなんじゃないかと思う日もあります。
それでも最近、強く感じていることがあります。
ブログって、自分にすごく合っているのかもしれない。
今日はそんな話です。
昔から、考えるのは好きでした
私は昔から、
- 物事を深く考えること
- 日常の出来事を哲学っぽく捉えること
- 人生や価値観についてあれこれ考えること
そういうのが結構好きなタイプです。
といっても、
誰かに熱く語るわけでもなく、
ノートに書き留めるわけでもなく、
ただ一人で、
- 通勤中
- 散歩中
- 軽作業をしている時
そんな時間に、頭の中で思考を巡らせていました。
でも、その思考は消えていく
その時は、
「なるほど、こういうことかもしれない」
と妙に納得したり、
自分の中で腑に落ちたりするんです。
でも何も残していないので、
時間が経てばだいたい忘れます。
思考はその場限りで、
過ぎ去っていくものでした。
ただ、無意味だったとは思っていません。
その時その時に考えたことは、
今の自分の価値観や、
ものの見方の土台にはなっている気がします。
形には残っていなくても、
根っこの部分にはちゃんと残っている。
そんな感覚でした。
ブログは、思考を残せる
それが今、ブログという形で少し変わりました。
思ったことを文字にする。
記事として形にする。
これだけで、
頭の中にあった曖昧な考えが、
かなり整理されます。
なんとなく思っていたことが、
「自分はこう考えていたんだな」
と見えてくる感覚があります。
AIとの壁打ちで、さらに深まる
さらに最近感じているのが、
生成AIとの壁打ちがかなり相性がいいということです。
自分の考えを話す。
それに対して別の視点が返ってくる。
すると、
- 自分では気づかなかった角度が見える
- 言語化されていなかった気持ちに気づく
- 話が整理される
- 思考が一段深くなる
こんな感覚があります。
一人で考えるだけでは届かなかったところまで、
少し進める感じです。
誰も読んでいなくても、公開する意味がある
今のブログは、正直ほとんど読まれていません。
たまに誰かが来てくれているのかもしれませんが、
大きな反応があるわけでもありません。
それでも、
世に出している
ということが、自分の中では結構大きいです。
なぜなら、
もしかしたらいつか、
どこかの誰かが拾ってくれるかもしれない。
そう思えるからです。
その“ゼロじゃない”が続ける力になる
思考の整理だけなら、
日記帳でもメモでもできます。
でも、
公開しているからこそ、
- 誰かに届くかもしれない
- 誰かの何かになるかもしれない
- 共感してくれる人がいるかもしれない
そう思える。
その可能性がゼロじゃないことが、
すごくモチベーションになっています。
今のところ、かなり楽しい
まだまだ小さなブログです。
アクセスも少ない(ない?)ですし、
大きなことを語れる段階でもありません。
でも、
- 考えを整理できる
- 記録として残せる
- 誰かに届く可能性がある
- 自分自身も楽しめる
そう考えると、
今のところブログは、
かなり自分に合っている気がしています。
まとめ
昔は、考えたことはそのまま過ぎ去っていきました。
でも今は、
考えたことを残せる。
深められる。
誰かに届けられるかもしれない。
それだけで、少し世界が変わった気がします。
まだ読者は少ないですが、
今のところ、自分ではかなり楽しめています。